2018年05月09日 (水)

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内なる“怒り”が新生 FFXIV を作った ―― 不定期連載「原田が斬る!」,第 6 回は「ファイナルファンタジー XIV」吉田直樹氏に聞く,MMORPG の過去と未来 - 4Gamer.net

読み応えのある対談記事でした。

原田氏:
 あの時は大変失礼ながら,「これはもうダメだろう」と思ったんですよ。

わしも思いました。その後の開発体制変更も敗戦処理であろうと。それで無名のなんかジャラい使い捨て開発者に P と D を押しつけたのだろうと。1 年維持して店じまいしてスクエニ的に XIV は無かったことにするのであろうと。
それが今やこんなです。別の世界線なら『はっ○し速報』的アンチサイト運営しててもおかしくないレベルだったわしが今やエウレカウェポンできたー! だの潮風亭登山たーのしー⎛*゚∀゚⎞=3 だの言ってるわけですよ。おかしくね?

この仕事を引き受けた際のモチベーション。

吉田氏:
 簡潔に言うと……最初の僕のモチベーションは「怒り」だったように思います。

か、かっけー……!
当時の和田社長が失敗を認めたことも衝撃的でしたね。これも吉 P の「まず失敗と認めるところから始めませんか」という提案からだそうで。

UO の話。

原田氏:
 僕もね,Diablo で PK に憧れて,負けず嫌いだから「PK とかやったら,きっと俺は向いてる!」って思ってたんですけど。……僕ね,UO で自分が善人だったことに気付いてしまったんです。

UO で初 PK されたとき、「このゲームにはなんて酷い人が居るんだ!」って思って。そして「ぼくはぜったいにああならないぞ!」と誓ったんですけどね。ゲーム内で知り合った悪いフレにこんなんただのゲームじゃんw と誘われてひとごろしをして、幽霊が OOOooOoOooO って言ってるんでリザレクションしたら悪口だったんでまたころして。ヒヒヒヒ。……あとはもう坂道を転げ落ちるように赤ネームまっしぐらです。わしは悪人でした。

吉田氏:
 俺はいつかあの PK にリベンジしてやるんだ」って。でもだからこそ……フェルッカとトランメルに分かれたのは痛かった。

わかりみがすごい。
けどトランメル人、スリルを楽しみたいのかなぜかフェルッカ来るんですよね。以降 PKer はトランメル人を楽しませるアトラクションクルーにでもなったような気がして。だってトランメル人あきらかにころされ慣れてない。むしろころされてキャイキャイ笑ってる。個人的にそんなんをころしても面白くもなんともない。かといってフェルッカもトランメル大量移住で人減ってて。そこでフェードアウトしました。
家も放置。携帯フォージも倒壊後だれかに持って行かれたことでしょう。

2016 年年末の『大晦日はゲームで年越しカウントダウン 生放送 SP』のアレ。

吉田氏:
 あの後,会社から呼び出されましたけどね!

呼び出されたんだ⎛´ω`⎞ そらそうか。

で、吉 P も若くないし、エラくなっちゃったし。後継者問題。

吉田氏:
 さっきも触れましたが,誰かが「もういいから俺に任せてくれ」と言うなら,今すぐにでも譲ります。ただ,結果としてこうなってしまった以上,引き継ぐ人も相当な覚悟がないときついだろう,とは思います。

大将がきっとやってくれる。

話変わって潮風亭登山、サブキャラ戦士 chan でも成功。

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最後の跳躍、バーの先端 90 度の位置から一歩踏み出してジャンプ、で飛び移り成功。けど端に着地してるので踏み出さなくても OK かも。
しかしなんか、ララフェルだと小っこいからかイージーな気が……。ひょいひょい登れるし。

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『親方! 空から○○が!』チャレンジは相変わらず。
まー踏みきりからしてヨレてたんでノーチャンスでした。
助走はまっすぐ、こっから跳ぶ場合は踏みきり位置をもっと手前にする。

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