2011年10月11日 (火)

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映画『猿の惑星 : 創世記』のネタバレを含みます。

やはり映画はレイトショーに限ります。
人少ないし静かだし。

猿の惑星 : 創世記 [★★★★☆]

序盤は動物実験の是非、その“実験体”の入手経路、自然の有り様にどこまで関与が許されるのか、結局人間てマルチスタンダードな生き物だよね、等色々と考えさせられる内容。
中盤は『プリズン・ブレイク』。絶望を経てシーザーは何かを決意し、その為の下調べ、潜入、同胞への根回し、クライマックスはドラコ(トム・フェルトン)とのタイマンバトル! 実に見応えがあります。ところでドラコにもっと良い役を plz ;;
終盤は堰を切ったような怒濤のパニックアクション。
と言う風に 1 粒で 3 度美味しい娯楽作品。
程よく考えさせられ、程よく迫力があり、程よくスッキリし、見終わったあと程よくシーザー達の未来について想像出来ます。

1968 年版『猿の惑星』及び以降のシリーズ作品との直接的な関連はない模様。
しかしながら“いま”は 1960 年代に予想された“いま”より遙かにローテクであり。恒星間航行はおろか未だ宇宙へ出るのにさえ四苦八苦してるアリサマ。そこで 1968 年版『猿の惑星』の現実的な解を探ったらこうなった、と言うことかもしれません。核もそうそう使えないし。
でもこのまま歴史進んじゃうと『猿の惑星』には繋がらないよね。

「自分は何なのか」の葛藤。
そして信じていた人間に(間接的ではあるにせよ)裏切られる。
……シーザーの絶望はよく判るのですが、ではそれは一体どの程度のものなのか。ぶっちゃけどこまでやるつもりなのか、がイマイチ。
シーザーはあるシーンではボコるの止めろと言い、別のシーンでは逡巡ののち見捨ててる(最初のは多分事故)。前者はただ撃ってきた警官、後者はシーザー本人とは面識がないけど同胞虐待の首謀者。そこを分けてると言うことは人類に対する反乱ではなく、ただ解放と復讐を望んだだけなのか。
それにしてはあれだけで目的が達成可能だとは思えない。
シーザーの次の一手をチラ見せして欲しかった、というのが唯一の不満点。
それは続編のお楽しみ! って事かしら。

あとチンパンジーの群れに紛れちゃうとどれがシーザーかちょっと判りづらいかも。
一応胸のアザが目印ではあるけど。もう少し目立たせても良かったのでは。
それにしても。……ケーブルカーの上に飛び乗って幹部数人と並んでゴールデンゲートブリッジを見据えるところ、やたら格好良かった……。惚れそう ///

ウィルは大好だけど、同胞を虐待していた人間でもあり。
迎えに来たウィルの前で檻を閉め背を向けるシーンではまだ迷いが見え隠れ。しかし最後の抱擁には決別の意志がはっきり。泣けます。

保護施設に居た元サーカス所属だと言うオランウータン、薬ナシでああなんだから一番凄いよね。「でも私らバカじゃん」つって自分で言ってるし。
この後の展開を想像するに、多分シーザーとコバの権力争いが起こったりするんでしょうな。ALZ-113 のパンデミックによって衰退していく人類文明を背景に。

この作品で一番不幸なのはウィルん家の隣に住んでたパイロットだと思います。